2008年02月21日

すべり地蔵(神岡町下之本)

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寒干し大根を見に山之村へ来て、ふと小さな祠に目が止まった。
目も鼻もない、こけしのようなお地蔵さんが並んでいる。「すべり地蔵尊」と書いてある。不思議な名前に惹かれるままに描く。
すべり地蔵
posted by kazumim at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 神岡

2008年02月17日

工房への道・冬

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飛騨に来て18回目の冬。丹生川村桐山の古い民家を借り、裏の板倉を工房として家具を作りはじめて13年経った。
こういう仕事をしていると、いつも木が身近にあるわけだけど、とてもそれは自然なことで、人の暮しはずっと木のとなりにあったことがよく解る。
木の命を繋ぐことは人の命を繋ぐこと。森が無くなったところは人も暮らせなくなった。今さら環境問題で取り上げなくてもずっと昔から人はそれを知っていたはずなのに・・・。
ここで暮しているとそんなことを考える。
posted by kazumim at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 丹生川

2008年02月11日

光の春

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『光の春』と言う言葉をラジオでたまたま耳にした。飛騨に暮すようになって季節の変化というものをとても感じるようになったが、中でも感動的なのは冬から春にかけての時期である。春に近づくことがこんなにもうれしいものだと知っただけでも飛騨に暮した意味があるようにさえ思う。『光の春』と言う言葉を聞いた時、思わず「そうそう!」と返事をしたくなった。まだ最低気温はー10°を下回り、大雪の日もあるが、ひとたび太陽が顔を覗かせればその強い光はまさに『春』に違いない。樹々の枝先がぼうっと赤みを帯びてきたのも春の証。

「二月の光は誰の目から見てももう確実に強まっており、風は冷たくても晴れた日にはキラキラと光る。厳寒のシベリアでも軒の氷柱から最初の水滴の一雫(ひとしずく)が輝きながら落ちる。
ロシア語でいう「光の春」である。」(倉嶋厚著『お天気歳事記』より)
posted by kazumim at 22:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 丹生川